MARY SYUART メアリー・スチュアート

原作=フリードリヒ・フォン・シラー
脚色・演出=加来英治

美術=石井強司 衣裳デザイン=栗原小巻
照明=山本博史 効果=西田 実 舞台監督=大山慎一
企画制作=エイコーン

   キャスト
メアリー・スチュアート=栗原小巻 
メアリーは、関わった人々を、その魅力で惹きつけ、翻弄されるという数奇な運命を生きた女性。

エリザベス=樫山文枝
エリザベスは、大衆の心をとらえる非凡な才能を持ち、イングランドを繁栄に導いた孤高の女性。

女性としての、人間としての、女王としての、
全生涯をかけた二人の情熱と対決を描いたシラーの名作。

メアリ-スチュアート-栗原小巻-樫山文枝


あらすじ(パンフレットを参考に)
夫ダーンリーを殺害したボスウェルとの結婚に、スコットランドの貴族たちが反発、
血筋同じくするイングランド女王エリザベスを頼りにイングランドに逃れた。
スコットランド女王メアリーが、イングランドの女王エリザベスによって幽閉され、19年の歳月が流れる。

そして、この日、メアリーが、エリザベス暗殺の陰謀に関係したとして、
会議の意思で裁判が行われ、死刑の判決が下された。

死刑執行の署名を迫るバーリィ―卿。
しかし、エリザベスは枢密院会議の要請にためらう。
「メアリーの死刑執行命令には、署名を拒否します。」

エリザベスは、看守として責任を持つ、ポートレットの甥のモーティマーにメアリーを暗殺を命令する。
「国にとって最も望ましいのは、人心の安定です。」
だが、モーティマーはメアリーに心を寄せている。
愛のため、信仰のため、モーティマーは、メアリー救出を決意する。

メアリーを密かに心を寄せるもう一人の男、レスター伯爵は、エリザベスの腹心でもある。
レスター卿の計らいで、エリザベスとメアリーが対面する。

女性としての、人間としての、女王としての、全生涯をかけた二人の熱情の対決。
メアリーはエリザベスにひさまづくことは出来なかった。
二人の女王は決裂する。
モーティマーは、計画が露見し、レスター伯に見放され、自死を遂げる。

対面の帰路、暴漢に襲われたエリザベスは、エリザベスはメアリー処刑執行命令に署名する。
そしてディヴィソンに執行許可書の保管を命じる。

その執行を急ぐ、バーリィ卿。許可書をディヴィソンからう奪い取る。

死刑執行の日
涙を流す乳母ハンナ。
メアリーは人間の深いあやまちと、自由への希求を心に、死へとおもむく。
「神の前で、今、私の心は、あの湖のように静かで、穏やかです。」

エリザベスのもとに、信頼するシュローズベリーから、
メアリーはエリザベス暗殺計画に無縁との報せが届く。

エリザベスは署名はしたが、ディヴィソンに執行許可書の保管を命じていた。
「遅すぎないことを願っています。直ちに、執行を停止するように」・・・・

しかし、バーリィ卿が、処刑の知らせを報告する。
「スコットランドの女王は亡くなられました。」

メアリーは伝説となり、エリザベスは大英帝国への道を拓いた。

対面の場面
メアリー・スチュアート2


一幕80分
休憩15分
二幕70分

一幕は動きがあまりなく、長いセリフが続くので、すごく眠くなりました。
休憩があって二幕になって、二人の対決のあたりから面白くなってきました。

家に帰って二人のことを調べて、やっと時代背景が見えてきました。
この劇は二人のことを知って見るべきでした。
簡単なあらすじしか読んでなかったで、一幕はなんかいろいろ話してるなみたいな感じでほとんど寝てました。(^^ゞ
下調べしてあったら、一幕の台詞の意味も理解できたのだろうと思います。
もったいないことをしてしまいました。


それにしても。栗原小巻も樫山文枝も若く見えました。
威厳と誇りを持った女王を見事に演じていました。

二人の関係
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メアリー・スチューアート

メアリーはその愛らしさ、物怖じしない朗らかさで周囲を魅了しながら未来のフランス王妃としての教育を受けて成長していきました。
フランス語、イタリヤ語、スペイン語はいうにおよばずラテン語、ギリシャ語などにも秀で、13才のときにはルーブル宮で全宮廷人の前でラテン語の演説を読み上げたと言われています。

文芸の才能とともに刺繍をすれば素人ばなれのした作品となり、馬に乗れば男顔負けの手綱さばきを見せました。
義父となるアンリー2世に「こんな完璧な子どもはかって見たことがない」と言わしめる成長ぶりでした。



メアリーは今でいうベストドレッサーで、好みは一口で言えば贅沢でシンプルなもの。
素材はとびきり良いものを選びましたが、色と形はあくまでもシンプルなものを好みました。
特に色に関しては「白の女王」と呼ばれたほどに白を愛し、次は黒、そして真紅という単純明快な好みでした。

宝石も愛しましたが、ダイヤや金よりも真珠やルビーを特に好み、身に付ける物だけが目立ってしまうような装いはできるだけ避けようとしました。

メアリーは又、スポーツウーマンで鷹狩をはじめとする狩猟、アーチェリー、クリケット、そしてゴルフとその頃行はれたスポーツ全般に親しみました。
運動神経と健康な身体に恵まれ、狩猟はフランス時代に義父のアンリ2世に仕込まれたようでした。

メアリーがスコットランドに戻ってきた当初はエリザベスとの関係は、書簡の往復が頻繁に行われお互いに親密さを競い合いました。
しかしそれは表面上の言葉のやり取りだけで、メアリーがイングランドの王位継承権を撤回しない限り、エリザベスのメアリーに対する警戒心は解けず、又メアリーはエリザベスがそのような警戒心を持っていることを理解しなかったのです。



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13歳のメアリー
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メアリーはエリザベスによって幽閉されて18年間、北部や中部の城を、なかば囚人、なかば客人として転々としました。
楽観的なメアリーはエリザベスの口約束を信じて、はじめは自分の女王としての権利の回復に助力してくれるよう要請ました。

しかしエリザベスはメアリーの夫殺しの疑惑を盾に持ち出し、メアリーの身の証をたてる約束を破り、裁判であいまいな形で決着がついてもメアリーを確固たる理由もないまま監禁し続けました。

幼いジェームス6世の摂政となった義兄マレー伯は自分の手にした権力を保持するため、
妹メアリーの帰還を全力をあげて妨害し続けるところにもってきて、イングランド国内に留め置くと反乱の火種になり、
メアリーの希望するフランスやスペインにやれば反イングランドの中心になりかねないというエリザベスとその大臣たちの思惑が深まっていく中、メアリーの解放は時とともに遠のいていきました。

メアリーもようやく自分がわなに落ちたことを自覚し、絶望の中からエリザベスへの憎しみを募らせていくようになりました。
 
メアリーの幽閉された18年間は、自由と権力を奪われた情熱的で誇り高い女性にとっては、狂おしく屈辱的な日々でした。25才から44才という人生の盛りを来る日も来る日も、牢獄で不毛に過ごすうちにメアリーの身体も心も
次第に蝕まれていきました。

息子のジェームスを思はぬ日はありませんでしたが母親の記憶を持たぬスコットランド国王ジェームス6世はプロタスタントの貴族たちに、母親にたいする憎しみを注ぎこまれつつ成長していきました。
エリザベスにイングランドの王位継承権をちらつかされ、年金5000ポンド提供の申し出を受けると、良心の痛みを感じることなく母親を見放しました。







エリザベス

16世紀のイングランドは、ルネッサンスの影響もあって女子教育に関しては現代と肩を並べる水準に達していたといわれていました。
エリザベスも幼児期からイタリヤ語やフランス語を厳しく仕込まれ、6人目の義母、王妃キャサリンのお陰で、ケンブリッジ大学から一流の学者が招かれラテン語やギリシャ語、神学などを学びました。

エリザベスは学問が好きで勤勉であり、与えられるものを次から次へと吸収していく早さに周囲が舌を巻くほどでした。

教育に関してはルネッサンスの影響を受けた16世紀の宮廷で、苛酷なまでのエリート教育を進めるイングランド宮廷と、スポーツや芸術という人生の遊びの部分を重要視する風潮のフランス宮廷の違いはあっても生命力旺盛で恵まれた資質を持ったメアリーとエリザベスという二人の高貴な女性は優等生として育っていきました。

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装いの複雑さ豪華さ、色の派手さで相手を威圧しようとしたエリザベス。
エリザベスは個人的にもメアリーを意識してスコットランド大使に

「メアリーと自分とどちらが美しいか」
「「二人のうちどちらが背が高いか」
「どちらが演奏が上手か」

と問いかけるほど、強いライバル意識を持っていました。

この二人の才色兼備、才気煥発、勝気でプライドの塊のような大物女王の存在は同時代の人々はもちろんのこと、
後世の人々にも刺激を与え続けたのです。
しかし、メアリーの方にはそういう競い合う感情は薄かったようです。
 

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メアリー亡き後
エリザベスはメアリー処刑の翌年イングランドに来襲したスペインの「無敵艦隊」を打ち破り、それまでフランスとスペインの2大強国にはさまれた島国の小国イングランドをヨーロッパの強国に押し上げて行きました。

エリザベスの44年に渡る治世はエリザベス朝時代という政治、経済、文化あらゆる面でイギリス史の画期をなす時代を生みだしました。

エリザベスが傑出した政治家になりえたのは、幼児期から即位にいたるまでのエリザベスのへた苦難の人生経験や、きわめて高度な教育によって育まれたエリザベスの知性があったと言われています。

一方長い幽閉に耐え、断頭台で誇り高い生涯を閉じたメアリーを支えたのは輝かしい幸せな子ども時代の記憶であったのではと言われています。

1603年エリザベスの死とともにエリザベスの遺言によってメアリーの息子ジェームス6世がジェームス1世として王位を継ぎ、イングランドとスコットランドを一つに結び、ブリテン島に住む人々の悲願であった連合王国が出現しました。

メアリー・スチュアートの血筋は現代のイギリス王家に引き継がれました。
連合王国は子を遺さずして世を去ったエリザベス1世の国民への贈り物でした。
いがみあってきた二つの国を結び、平和と繁栄を確保したと言う点でエリザベス1世は偉大な功績を遺したと言えるでしょう。
 
現在ロンドンのウエストミンスター寺院の地下墓地にメアリー・スチュアートとエリザベス一世は眠っています。