通勤帰り、洋服のボタンを買いに行った。
確かこのビルの2階だったなと思いながら探したら、壁にバックや帽子を陳列している小さなお店の前に出た。
帽子が気になって少し眺めていた。
ひと気がないので、安心して見ていたら、急に声をかけられた。
誰もいないと思っていたので驚いて見ると、品物の影に座っていたお店の人がたちあがって近づいてきた。

「今週で店じまいなんです。全部半額にしておきますよ。」
「えっ、そうなんですか?でも、私ボタンを買いたくて手芸店を探しているんです。」
「あっ、それなら4階ですよ。」
「このお店、開いてまだ1年なのですが、今週で終わりなんです。後2・3年は続けたかったんですけれど・・・」
「そうですか?」

私は、きっとお客さんが少なくて、1年で店じまいすることになってしまったんだ。何と言ってよいか・・・気の毒に・・・
と困ってしまっていた。

「品物が売れて少なくなってしまいました。店じまいですので品物は補充できません。品物が少なくなるとお店も寂しくなりますね。~」
「は~。大変ですね。」

気の毒に。立ち去るに立ち去れなくて、困ってしまいました。ちょっと沈黙が・・・

「私も売れちゃったんです。」
『えっ? 」
「それって、もしかして ご結婚ですか?」

それからニコニコして私に話し始めた。
私はこのお店に来たのは初めてで、初対面だ。

結婚することになった人が、転勤になった。
盛岡に転勤になったが、とてもよい人で結婚してもしばらくはこちらに残ってお店を続けていてもよいと言ってくれたそうだ。
すごく悩んだけれど、お店をやめて付いていくことにしたと言うのだ。
私は、
「おめでたいことではないですか、それはよい決断をされましたね。お幸せになってくださいね。
ついてゆくべきですよ。」

と答えた。
「今日はお客さんが花束をくださって、泣いてしまいした。」
と、お店に飾ってあるブーケを指差した。
そんなことを少しお話した。
お店の方は清潔感のあるすらりとした40代に近い女性だった。

「お引き留めしてしまって。ボタンを買いにいらしたのですよね。4階になります。どうぞ買いに行ってください。
土曜日までここにいますので、また遊びに来てくださいね。」

「どうぞお幸せに」

とても不思議な気分でした。
初対面で、お店で何も買っていないのになんだか親しく話しかけられた。

4階に登りながら、ちょっと幸せな気分になった。
そして「お幸せに」と何度も思った。

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