父が逝って三カ月がたちました。

とても元気で、物忘れをしない父でした。
車もマニュアル車を運転して、どう見ても100歳くらいまで生きれそうな父でした。
その父が、たまたまやった血液検査の結果が悪く、ちゃんと調べてもらった方がいいと言われて大きな病院に行きました。
そして言われた結果が後2ヶ月の命の宣告でした。


応急の手術をしないと後一か月も持たないとのことで、急遽入院することになりました。
私は連絡をもらいとても動揺しました。
そしてどうしても入院前の家にいる父に会いたいと思い、土曜に実家(片道5時間)に行きました。
そこにはいつも道理のどう見ても健康そうな父がいました。

父に余命を知らせることは辛いことでしたが、考えた末に父に知らせました。
父は、入院までの数日で家族に伝えておかなくてはいけないこと、やらなくてはいけないことで頭がいっぱいだったようで、とても忙しく動き回っていました。
嘆いたり悲しんだりしている様子はありませんでした。

私が行くととても喜んで、夜中まで話しました。父はずっと話し続けていました。
父の死後、私にしてほしいこと、思い出話、一晩中父は話し続けました。
そして、父が、自分の学生時代から今の家族の写真までを年代順に動画にしてDVD2枚にまとめてあると私にいいました。2年ほど前に作ったけれどまだ自分でも一度も見てないとのことでした。

よく朝、母や兄と一緒にDVDを見ました。
DVDを見ながら懐かしそうに、時には笑いながら私たちに説明してくれました。
私の知らなかった独身時代の父や、私たちの懐かしい写真が続々と出てきました。

そして帰らないといけない時間になりました。
父は、自分の部屋でもDVD作が作れるようにもう一台新しいデッキを買ったけれど、もう自分には必要なくなったから私にくれると言いました。
父がまだまだ、いっぱいDVDを作るつもりで買ったデッキでした。
とても悲しかったけれど、新品の買ったばかりのデッキをもらいました。


父の前では泣かないように頑張っていましたが、私は帰り際にこらえきれず父の手を握って泣いてしまいました。
車に乗ると、もう自分でもどう仕様もなく家に帰るまで泣き続けました。
夫は黙って運転をしていました。
家に着くと、子どもたちの前では涙は見せないように頑張りました。

そして翌々日、父は入院しました。

手術もうまく行き、担当医は後1年生きられるかもしれないと言いました。
私は2ヶ月が1年に伸びたことが嬉しくて感謝しました。
手術の予後もよく私は気を許してしまいました。
父が生きている間は毎週会いに行こうと決めていたのですが、一回だけ2週間ぶりに会いに行きました。
元気になっている父を想像して行ったのですが、なんだか弱弱しくなっている父がいました。

心配でそれからまた毎週行ったのですが、会いに行くたびに弱っていました。
退院するとの連絡で、喜んで会いに行ったとき、病室に行って驚きました。
そこには弱って、家に帰りたいとそればかりを望んでいた父がいました。

やっと退院したのですが、家でますます弱って行きました。
10日ほど家にいてまた再入院となりました。
退院中はちょうど5月の連休で、私は退院した父のところに居ることができました。

連休が終わり、日曜日に私の家族全員で会いに行きました。
一度も弱音を吐かなかった父が、
「もうダメだ。もう、3日くらいしか生きられないと思う。お世話になりました。ありがとうございました。」
そうして私たちに手を合わせたのです。
びっくりして、
「何を言ってるのまだ早いでしょ。お願いだから弱気にならないでね。また来週来るね。」
と言って父の病室を出ました。
また来週会えると何の疑いもなく、さらっと出てきてしまいました。


その日から3日後、職場に父の心臓が止まったと連絡が入りました。
本当に逝ってしまいました。

最初の医者の宣告道理、入院してから2ヶ月で逝ってしまいました。
手術後には一年生きれるかも知れないとか、再入院の後も短くても一か月と医者は言っていたのに、
3日後に逝ってしまいました。
あれはなんだったんだろう。
私達も本人もこんなに短いのなら、もっともっと聞いておきたいことや言っておきたいことがあったのに。

私と兄は、ずっと泣き続けました。お通夜もお葬式も人目をはばからずほとんど一週間泣き続けました。
葬儀が終わり自宅に帰る車の中も涙が止まりませんでした。

納骨が終わり、初盆が終わり、父の死をやっと受け入れられるようになりました。
そのままにしていた父の遺品を整理しなくてはという気持ちになってきました。

衣類や写真の始末を私は父に頼まれていました。
私は衣類は整理できますが、写真はできません。
母も写真がなくなったら思い出もなくなってしまう。それは嫌だと言っていました。
私も同じ気持ちです。


私は外見が父にそっくりです。
そして写真を撮るのが好きなところも、山が大好きなところもそっくりです。
小さいころから父に連れられて山に登り、写真もいっぱいとってもらいました。
私の子どもたち(孫たち)も父のことが大好きです。
私の家族と一緒に旅行も行きました。
もっともっといろんなところに一緒に行きたかったのに。

惜しまれて惜しまれて父は逝ってしまいました。

画像


一緒にハワイに行った時の父
いつも使い慣れたビデオを首にかけていて、ビデオや写真ををDVDに焼いてくれていました。