新国立美術館に行きました。
そこでは見たかったミュシャと草間彌生の作品を展示していました。
ミュシャはスラブ叙事詩全作品が展示されました。
こんなことはとても貴重なので、この機会を逃したらもう見れないかもしれないと思い
新国立美術館に行きました。
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展覧会概要より引用

「国立新美術館(東京・六本木)では、2017年3月8日(水)から6月5日(月)まで、「ミュシャ展」(主催:国立新美術館、NHK、NHKプロモーション、朝日新聞社ほか)を開催いたします。
2017年は日本とチェコが国交を回復してから記念すべき60周年を迎える年にあたります。
アール・ヌーヴォーを代表する芸術家の一人、アルフォンス・ミュシャ(チェコ語発音ムハ、1860-1939)は、オーストリア=ハンガリー帝国領モラヴィア(現チェコ)に生まれ、ウィーンやミュンヘンを経て、27歳でパリに渡り絵を学びました。

なかなか才能を発揮する機会に恵まれなかったミュシャは、34歳の時に、女優サラ・ベルナール主演の舞台「ジスモンダ」のポスターを手がけることになり、一夜にして成功をおさめます。以降、優美で装飾的な作風は多くの人を魅了し、時代の寵児として活躍しました。

美しい女性像や流麗な植物文様など、華やかで洗練されたポスターや装飾パネルを手がける一方で、ミュシャは故郷チェコや自身のルーツであるスラヴ民族のアイデンティティをテーマにした作品を数多く描きました。
その集大成が、50歳で故郷に戻り、晩年の約16年間を捧げた画家渾身の作品《スラヴ叙事詩》(1912-1926年)です。およそ縦6メートル、横8メートルにも及ぶ巨大なカンヴァスに描かれた20点の油彩画は、古代から近代に至るスラヴ民族の苦難と栄光の歴史を映し出す壮大なスペクタクルであると言えます。

本展はこの《スラヴ叙事詩》をチェコ国外では世界で初めて、全20点まとめて公開するものです。
プラハ市のために描かれた《スラヴ叙事詩》は、1960年代以降、モラヴィアのモラフスキー・クルムロフ城にて夏期のみ公開されてはいたものの、ほとんど人の目に触れることはありませんでした。
その幻の傑作が、80年以上の時を経て2012年5月、ついにプラハ国立美術館ヴェレトゥルジュニー宮殿(見本市宮殿)にて全作品が公開されました。

そしてこのたび国立新美術館では、パリで活躍したミュシャが《スラヴ叙事詩》を描くに至るまでの足跡を約80点の作品を通じて辿りつつ、これら幻の最高傑作の全貌を一挙、紹介します。 」

スラブ叙事詩がメインでしたが、サラベルナールの舞台ポスターや、素敵なアールニューボーの美し女性の絵もたくさんありました。
ミュシャの生活のための絵と、ミュシャが本当に描きたかった絵と両方を見ることが出来ました。
市民の間の装飾も興味深く見ました。宝飾のデザインから、室内装飾から、本当にその多彩さに感嘆しました。
ムシャの絵はいくら見ていても飽きません。

そして驚いたことに、写真を撮ってよい展示室がありました。
美術館は写真を撮ってはいけないところだと思っていたので、驚きました。
カメラを持ってこなかったのが悔やまれました。細かいところをズームして撮り方かったです。
でも、スマホで何枚かとりました。
でも、あまりに絵が大きいので画面に入りませんでした。
写真をとっても良い展示は日本では初めてだったのでとても驚きでした。

盲目の老人に寄り添うのは若き日のミュシャだそうです。
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これは未完の絵です。
左の少女はミュシャの娘がモデルです。
右に居る少年はミュシャの息子がモデルだそうです。
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大きすぎて全体を取るのは無理でした。
スラブ叙事詩締めくくりの絵です。
過去や現在のスラブの人々が象徴的に描かれています。
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ロシアの奴隷解放の絵です。これもとても大きな絵です。
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中央の下の女性は、まだ解放の実感がわかず、ボーとしています。
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絵の一人一人に実際のモデルがいるのだそうです。
村人に協力してもらって、服装や態勢を取ってもらい写真に撮って描いたそうです。
そう思うと、なんだか絵に命をを感じました。
少し人がいると絵の大きさがわかります。
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私はスラブ叙事詩を2周見ました。
一回目は近くで2回目はと遠くから見ました。
本当に行ってよかったです。