仕事で遅くなり 急ぎ足で駅に向かった。
そして駅のホームに着くと 空っぽの気持ちで並んだ

突然、私の目の前に缶コーヒーがさしだされた。
あまりに 不意なことで 視野にはその缶コーヒーしか入らなかった。

缶コーヒーから視野を広げていくと 見知らぬ 40代くらいの女性が目に入った。
とても小柄で 普通ではない感じの女性が 私に缶コーヒーをさし出している。
私は 何事だろうと思いながらも 手をパーにして 断りのジェスチャーをした。

でも彼女は缶コーヒーを私の前に出したまま 引っ込める気配がない。
小さな声で   あ け て

私は自分の勘違いに気がついた。
缶を開けてほしいのか・・・
缶コーヒーを片手で受け取ると とても熱い
私は 仕事の入った大きなバックやら 手がいっぱいで しかも重たい
片手を空けて、熱い缶コーヒーを落とさないように持ちなおし
荷物いっぱいのもう片方の手を 何とかあげて缶を開けた

そして彼女にわたすと、私は黙ってまた前を向いた。

後ろから、誰かが私の服を引っ張るのを感じた

彼女が、私のすぐ後ろのベンチに座りながら 缶コーヒーを飲み 
もう片方の手を伸ばして私の服をひっぱている

私が振り向くと   あ り が と う

私は会釈を返した。
その時 バタン という大きな音が・・・
ベンチに立てかけてあった 彼女の杖が 落ちたのだ

近くにいた今風の女子高生二人が気がついて すぐに拾って だまってベンチに立てかけた

彼女は笑みを浮かべて  さっきよりちょっと大きな声になって あ り が と う
女子高生が笑う 
彼女も笑う
それを見ていた私も笑う

彼女 女子高生たち 私 互いに目を見あって無言で笑った
なんだか不思議な空間が生まれた

そして間もなく電車が来て 私は乗った
彼女はまだ ベンチに腰掛けて 缶コーヒーを飲んでいた。

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